灰色の手帳 由香里 ―水底から― 第二十話『暗闇に咲いた花――鼻と肌の陵辱』

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2013 / 03 / 10  Sun
由香里Ⅰ   
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 途切れ途切れの思考を繋ぐ。

 この店も、そろそろ店を閉めるのはずだ。
 いや、そもそも、男はいつまでも場を離れていられるものだろうか。

 男はの唾液に湿った顔――暗闇のわずかな光を捉え、反射し、そこに髪がまとわりついている――は、理性を失った動物だ。

 夢中になるあまり、持ち場を離れていることを忘れているのではないか。

 不審に思った第三者が、上がって来るかもしれない。

 もしそうなれば――この地獄から解放されることは間違いない。しかし、由香里の受けた、破廉恥極まりない一連の汚辱は、事件として知れ渡ることになる。

 母さんにも、父さんにも。それに、朋ちゃん。水泳部の、後輩たち。

 同情されたくないわけではない。ここまでされて訴えたい気持ちが、ないわけがない。

 しかし、由香里の犯してしまった行為を知る人間が僅かに限られていることだけが、唯一の救いなのだ。
 何度も何度も、叫びだしたい衝動に駆られた。全てを諦めて、泣き喚いて、自分を守ってくれる誰かに、縋りつきたかった。
 何しろ、由香里はたった今、力の絶対的にかなわない男を相手に、裸身をなげうっているのだから。抵抗することなどできない。
 そうだ、これはレイプだ。
 自分は今、犯されているのだ。

だが、まだ決定的なことはされていない。
唇は奪われていないし、それに――。

 男の軟弱な青白い手が、由香里の大腿をやすやすと押し開き……由香里の秘所に、最後の陵辱を加える光景を、由香里は想像した。

 男の股間が、由香里の腹に押し当てられた。柔らかく、生暖かい睾丸の奥に、確かに、鈍く硬い芯を感じ取った。
 男が顔を上げた。はあはあと、息を荒げて、苦しそうにしているが、その口元は征服欲が満たされる悦びに満ちていた。

***

 由香里は、紛れもなく被害者だ。
 先輩によって追い詰められ、破廉恥な行為を強要され、からかわれて、侮辱の言葉をかけられて……。そして衣服を剥ぎ取られ、羞恥と恐怖の地獄に突き落とされたのだ。レイプされたのは、偶然紛れ込んだ悪意によるものであるとはいえ、先輩の悪意が引き起こしたことに違いないのだ。
 全ての元凶は、あの女なのだ。
 復讐してやる。
 由香里の中で、行き場を無くした激情は圧縮され、その激しさを増していた。

 殺気のせいだろうか、男は急に顔を上げて、由香里の瞳を覗き込んだ途端、凍りついた。

 うろたえる男に、由香里の方も戸惑っていた。自分がどれほど恐怖しているかを、この男は知らないのだろうか。
 その気になれば、今この場で、男女の交わりの究極の行為を、由香里に対して一方的に押し付けることは可能だろう。
 由香里に、抵抗する力などありはしない。されるがままなのだ。
 男の制服のチャックが、下げられる瞬間を、赤黒い先端が、由香里の体に触れるその瞬間を、由香里がどれほど恐れていることか……。

 しかし男は、由香里の目に宿った憎しみを見て、あからさまに狼狽しているようだった。尤もその凄みは、屈辱に真っ赤に頬が燃え上がり、悔しさに瞳を湿らせ、恐怖に小刻みに震えていたからこそのものだったかもしれないが。

 男を前に、由香里は最後の決意を固めた。
 負けない。
 男が力ずくで、由香里の中に入ってこようとも、戦ってみせる。

 そのときだった。
 ふいに、男は上体をテーブルの中から抜き出した。由香里の両脚は解放され、廊下に投げ出される格好になった。
 男はしゃがみこんだまま、角の方に顔を向けている。

 見つかった――?

 もしそうなら、テーブルの奥に隠れなければ――。
 しかし、恐怖と穢れから解放されたばかりの萎縮した体は、柱に抱き付いたまま、動かなかった。
 由香里は男を見守った。

 男は無言で、廊下の壁にもたれかかった。
 見つかったわけでは、ないらしい。

 由香里は、固く結ばれた唇を、二の腕に押し付けて拭った。続いて、唇の隙間から染み込んだ男の唾を吐き出そうとした、そのときだった。、
 男がおもむろに由香里の両脚に手を伸ばした。
 由香里は脚を引っ込めようとするも、遅かった。
 足首がぐいと掴まれ、乱暴に、ぐいと引き寄せられ、上体は、再び床に仰向けになった。
 恥丘のすぐ下の、アヌスのある窪みが、丸い柱に食い込んだ。
 声も出なかった。重心を制御された由香里は体の自由を完全に奪われ、男を見上げることしかできない。

 男は中腰で、由香里の表情を観察している。

 細い足首を掴んだまま、男は立ち上がった。
 大股開きにされた格好では、脚の力ではとても逆らえない。
 上方へと引き上げられるのを、由香里は両腕を床に押し付けて逆らおうとする。

 却ってそれが支点となって、由香里の肉付きのよい下半身はやすやすと持ち上げられた。
 由香里の足首は、男の胸の辺りまで持ち上げられてしまう。由香里の上体も、それにつられていよいよ引きずられていく。
 あっという間に、完全に真下から見上げるような格好になった。男はそれに飽き足りずに、さらに由香里の足首を釣り上げた。
 今や、由香里は背中までもが、柱にくっつく格好になった。まるで、小学生の頃、体育の時間にやった「肩倒立」だ。
 男は両手を話すと、今度はすかさずしゃがみ込んで、逆さまになった由香里の腹に腕を回して、柱と一緒に抱き寄せた。
 あばら骨の真上――本来ならば、真下であるが――の柔らかい肉に、男の両手が食い込む。男は肉を束ねるようにして拘束しながら、同時に揉んで、感触を楽しんだ。
 この格好では、反抗することも出来ない。由香里はただ獣のように唸るばかりだった。

 由香里の目の前に広がっている光景は、あまりにもおぞましく、残酷なものだった。
 所どころつや光する、自分の体。丸出しになった、陰部。肉体の脇から、斜め後ろにのけぞって、涎をたらしながら、由香里の表情を見物する男。

 逆さまになった由香里を両腕で縛り付け、男は若い乙女の肌の感触を悠々と愉しんでいる。青白かったはずの男の顔は、この暗闇ではどす黒く、亡霊のように見えた。ただ歯と白目の部分だけが、わずかな明かりを反射して、浮き上がっていた。

 両脚を折りたたんで、テーブルの屋根の下に引き込むが、無防備な姿にあることは変わりは無い。男を蹴り上げようかと考えたが、先ほどの暴力が頭に浮かび、躊躇してしまう。そんな由香里をあざ笑うように、男は折りたたまれた大腿から尻にかけて、マッサージでもするかのように、吐き気のするような優しい手つきで撫でるのだった。
 ふと、さっきまでのけぞっていた男の笑みを浮かべた顔が近づいてきた。由香里の右足を草むらを掻き分けるようにして僅かに左にずらすと、そうして出来た、内腿と柱の隙間に、柱にぴったりと頬をつけるようにして顔を差し込む。

 由香里は、男の目が糸のように陰険に細くなり、鼻の穴が大きく膨らむのを見た。
 男の脇には、由香里の、まだ誰にも見せたことの無い茂みが…。
 男が、口をあけて笑った。
 その拍子に、男の顎の、青いひげの剃り跡が、由香里の股間の、まさにすぐ脇の太ももの付け根に当たった……。
 そして、横目でじろりと……。

「いやぁ!!!」

 その瞬間、由香里は渾身の力で、由香里は男の顔面を蹴り上げていた。
 
 足裏に、男の鼻が潰れる感触。
 男の側頭部が、柱にがんとぶつかってから、テーブルからはじき出された。

 すぐに、由香里は男の反撃を恐れた。蹴り上げたその足首を、男が掴み取るのではないかと。
 しかし、再び近づいてきた男の顔に、怒りの色は無かった。
 それどころか……笑っている。それも、声を上げて。逃げ惑う獲物を愉しむように。

 再び、蹴り上げる。

「――けだものっ――!」

 男はそれでも、愉快でたまらないという風に笑いながら、今度は左足の隙間から、顔を差し込もうと試みる。
 そのたびに由香里は、蹴り上げるが、男は意にも介さず、笑いながら、何度も何度も、拒もうとする足裏に時には蹴られ、時にはそれを掴んで退けながら、笑顔で由香里の恥部に近づいてくる様は、異様だった。
 由香里はただ泣き叫び、何度も何度も、赤ん坊のように蹴り続けた。由香里が恐れおののくほどに、男の愉悦は高まる様子だった。

 どうして。
 どうしてこの状況で、笑えるのだろう。
 由香里は、この化け物が恐ろしくて仕方が無かった。自分がどれほどの思いで抵抗しているか、この男は分かっているのだろうか。ぼろぼろになりながらも、それでも最後の誇りを掛けて、祈るような思いで男を蹴り上げているというのに。
 男の笑みは、やっている行為の罪深さとは似合わぬ、愛娘を悪ふざけでからかう、父親のそれのようだった。

 とうとう、男は由香里の防御を潜り抜け、由香里の腿の肉に首を挟みこむようにして、顔を出した。

 男は勝ち誇ったように、口をあけて笑った。
 舌をだらりと、犬のように伸ばして。
 暖かい吐息が、由香里の顔に降りかかる。

 由香里は……何もできない。男の顔は折りたたんだ足の内側に完全に入り込んでいるため、足を引っ掛けることすらできなかった。

 むんとした熱気が、テーブルの下の狭いスペースに充満しているように思われた。

 男は、その熱気を思い切り吸い込むと……。
 差し込んだ顔をもたれかけた。
 由香里の脚の根元。
 少女の、うっすらとした茂み。
 普段とは間逆に、天に向かって垂直に掲げられた、菊門。

 男のみならず、女にすら絶対に見られたくないその領域を、男はあっさりと踏みにじった。
 それはあまりにも、あっけなかった。

 男の視線が、あまりにも不躾に、堂々と注がれているのを、由香里は見てしまった。

 由香里は、先ほどまで撒き散らしていた叫び声を引っ込めると、静かに瞼を閉じた。唇が震える。鼻水や涙が混ざったのが、その中に流れ込んだ。

 ああ――。

 男の鼻息。

 ――見られている。

 胸の中で、何かが潰れて、苦い味が広がる。

 男は、由香里を抱き寄せる力をさらに強めた。
 垂直になった由香里の尻の窪みは、真上に掲げられている。
 そこに、男の顎が乗り上げた。

「いや」

 思わず、つぶやいていた。

 男は却って興奮が高まったようで、そのまま、由香里の尻の穴に向かって、鼻を埋めた。

 まるで、花のにおいでも嗅いでいるかのように。

「ああ……っ!」

 自然と、由香里は声を漏らしていた。
 
 屈辱の極みだった。もっとも汚い部分を、嗅がれている。

 今や、急激に、闘志は萎えていた。
 いざ犯される段になっても、絶対に屈しないと、あれほど強く心に誓ったというのに。
 そんな気力は、由香里の最も恥ずべき痴態を男の前に晒された瞬間に、もろくも崩れ去った。
 怒りも、憎しみも、勇気も、由香里の女性自身が、アヌスが、男の視線の前に晒された瞬間、消えてしまった。

 由香里に芽生えたわずかばかりの気丈さは、男に抵抗しているうちに、知らず知らずのうちに摘み取られていたのだ。
 そうして、精神的な衣服までも取り去られて。
 気づけば、丸裸だ。

 興奮状態が冷め、真っ赤に燃え上がっていた由香里の顔の頬は、徐々に白さを取り戻していった。
 怒り、憎しみ…そういった負の感情の潮がひいていった後には、恥じらいだけが残った。
 今、男の見下ろす先にいるのは、頬をほのかに赤く染め、気弱で無防備な乙女そのものだった。

「君、名前は?」

 由香里は、答えることなどできなかった。

 恥ずかしい。

 心臓が、米粒ほどに収縮してしまったかのよう。
 
 最も汚い部分を、あけっぴろげに男の前に晒している、堪えられない恥ずかしさ。
 それどころか、由香里は、自分が悪いことをしているような、罪悪感すら感じていた。
 天に向かって、このような痴態を晒していることを、こともあろうか、男に咎められているような心持すらした。

 男の手のひらが、這い上がってきた。それは由香里の腹を通り(くすぐったくて、由香里は身を捩らせた)……。

 そして、まだ、誰にも触れられていない、下腹部を滑った。

 一気に、緊張が高まる。

 男性に、触られている。

 あんなところを。
 
 その手は方向を変えず、そのまま減速し……。
 そしてすっぽりと、恥丘を覆った。

 ああ――。

 血の気が、ひく。全身が、一気に湿気を帯びた。

 男の手のひらから逃れようとして、由香里は身を捩らせた。

 恥丘が左右にゆれたが、しかしかえってそのせいで、軽く翳されただけだった男の手のひらに、由香里の恥丘は密着したり、離れたりを繰り返した。その刺激に感化されて、さらに激しく揺さぶるが、上体が柱に縛り付けられている格好では、逃げるスペースは限られている。

 男はまるで関心などないかのように、ただ一定の場所に手を翳しているだけだったが、由香里は知れず知れずのうちに、その手に陰部を擦りつけていた。
 たまに上手く外側に逃げ込むと、男は翳していた手で追いかけて、再び捕まえ、そのたびに由香里は嗚咽をもらすのだった。
 少女自身は男の顔の真下で、右へ左へと逃げ惑い、それを中心に追いやるように、ときおり男の手が追うのだった。
 悪趣味な追いかけっこが続いた。
 男の手による摩擦に、はからずも、じわじわと…。

 男が由香里のヴァギナを捕獲した。
 男は乱暴に陰毛の数本を乱暴に掴み取る。

 ――痛い!

 それをまるで手綱のようにして、元の位置に引き寄せ、繋ぎとめた。

「どんな気持ちだい?」

 陰毛をもてあそびながら、男は由香里に尋ねた。
 挑発的な質問にも、ただ顔を熱くすることしかできない。

 ああ、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……っ!

 羞恥を感じるほどに、知らず知らずのうちに、由香里は股を凄い力で締め付けていた。
 男の首が、柔らかい腿の肉に埋もれた。

「大丈夫だよ?暗くてよく見えりゃしないから」

 羞恥を煽れば煽るほど、その力は強まるので、男はますます嬉しそうに、由香里を言葉で辱めた。

「その分、匂いと感触は、愉しませてもらっているけどね。やっぱり少しオシッコ臭いね」

 男の余裕たっぷりの態度からは、かつての苛められっこのような、虚弱な男の気配はなくなっていた。
 一方の由香里も……。

 いずれにしろ、私は完全に全てを晒してしまったんだ。

 この暗闇の中とはいえ、ほんのわずかに浮かぶ手触り、舌触り、味、由香里の漏らす嗚咽……それらは

 愛しい男性に捧げるはずの肉体は、徹底的に穢されていく。
 急速に膨れ上がった諦めが、由香里を支配していた。

 男がぺろりと舌を出し、由香里のアヌスを舐めた。
 由香里は逆立ちの格好のまま、背中を逸らそうとするのを、男は手で押さえ込む。
 両腕で抱きかかえ体の逃げ場をなくしてしまうと、いよいよ少女の排泄器官を、舌の先で、弱火であぶるような舌使いで舐め始めた。

 心臓が雑巾のように絞られ、目の奥から白い霧が立ち上り、世界は遠ざかっていく……。

 どうして。
 どうして。

 よりにもよって、あんな汚いところをいじられて……。

 嫌だ――。

 男の圧倒的な力を前に、ろくに身動きなど取れない。それでも必死に、腰を振った。

 子供のように、べそを掻き、自分でも聞き取れないほどの弱い声で、必死に哀願する。
 そうすることが惨めだなんて、そんな余裕はまるでなかった。

 体を、他者に占領されていく地獄。
 男性の、圧倒的な力。

 手を伸ばして、男の横顔を押した。しかし力はまるで篭っておらず、男の顔を柳の枝のように撫でるだけだった。
 何かが、由香里から力を奪っているのだった。

 その事実が、男にこれ以上ないほどの喜びを与えたのか。
 体を固定していた腕の片方を解くと、由香里の乳房を掴み、愛撫した。
 普通とは違って、逆さまという格好ではあるが、前戯の際に、男が女へする愛撫そのものだ。

 最初は優しく、少しずつ、激しく。

 由香里はそれに答えるように、自分でも体をゆすり始めた。

 乳首が、男の指先に挟み込まれる。由香里は跳ね上がった。

 おぼろげな意識の中、男が嬉しそうにしているのが見えた。

 そのとき、由香里は気づいてしまった。笑っているのは、男だけではない。

 いつの間にか、自分も口角を上げて、涎を垂らしていたのだった。
 男の愛撫にあわせるように、頭を揺さぶり、尻を振っていることも。

 いつの間にか、由香里は気持ち良さの中にいた。

 今や、はっきりと感じる。性的快感を。それは隠し通せぬ程に肥大していた。
 男の舌で肛門を舐られながら、乳首を指で遊ばれている最中、自分は感じているのだ――。
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