灰色の手帳 由香里 ―水底から― 第十九話『舐られる肢体 ―― テーブル下の地獄』

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2013 / 03 / 08  Fri
由香里Ⅰ   
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「汚い」

 と、男は何度も言った。
 由香里は、同じ台詞を男に対して吐いたことを思い出した。
 脇に挟んだ体温計に、男が手を伸ばしたときだ。汚い、と由香里は言い、男の顔色がさっと変わったのだ。それから、悪夢の第二ラウンドが始まったのだ。

 詫びる心などなかった。だが、由香里は侮辱し続ける男の膝元に抱き縋り、許しを請う。
 今の状況で、この男に逆らったって、何にもならないのは、わかりきっている。
 男の声量がだんだん大きくなっていることに、ひやひやさせられた。
 決して抗うことはしなかった。狂気の前には、従順になるほかに道はないことを、ついさっき、ある女から教わったのだから。
 一通り罵倒の言葉を言い尽くしたのか、静かになった。

「お願いです。許してください。私のことは、このまま、放っておいてください」

 消え入るような声で、由香里は言った。

 男は無言のまま、由香里の手に自分の手を重ねた。ロックした腕を力ずくでほどこうとしているのだ。
 由香里の全身全霊の抵抗に、やがて諦めた。

「痛い」

 と、男は言った。大分冷静さを取り戻したように見える。

 一瞬躊躇したが、由香里は拘束をわずかに緩めた。
 男が暴れるのではないかと思ったが、何もしなかった。
 落ち着いた声音で、言った。

「行っていいんだな」

 由香里は、うなずいた。

――果たして、本当にこの男を信じていいのか。

 一度は、悪意の塊のように見えたものの、その悪意は、解放しきって、しぼんだようにも見えた。

「じゃあ、放してくれ」

 男がそう言ってから、由香里が手を放すまで、数秒の時間が必要だった。

 息を整えてから……。
 由香里は手を放した。

 男が、ゆっくり後ずさりする。
 由香里の腕から、完全に解放された。
 改めて由香里は、柱を抱え込む。こうすれば、秘所と乳房を隠すことができるからだった。尤も、男はこのまま立ち去ると約束したのだから、そんな必要はないはずだった。

 男は、後ずさりした後も、方向を変えることはなかった。それどころか、廊下の壁に向かって後退し続けている。
 テーブルの下からは膝までしか見えていなかったのが、遠ざかるにしたがって、男の股下、腰、腹……と全容を現していくのを、由香里は信じられない思いで見ていた。

 このまま後ろに下がりきれば……。見えてしまう――。
 
 あれよあれよと言う間に、男は背中が壁に貼りつくまで下がりきった。
 由香里からは、男の胸の辺りまでが見えた。

 柱に巻きついた太ももに、男の熱い視線が注がれているような気がした。
 しかし、その実感がない。間違いなく、見られている。しかし、何の感情も起こらなかった。

 男に、柱だけを隔てて、裸の足を、横に開いた太ももを、潰れたでん部を、腰のくびれを、見せているなんて。
 嘘だ。

 嘘だ。

 男は下がりきると、今度は上体を伸ばしたまま膝だけ曲げて、まるでスクワットするようにして、壁にもたれながらしゃがんでいった。
 へそまでしか見えなかったのが、男の鳩尾まで、胸まで、ととあらわになっていくのを、放心状態で見つめていた。

 こちらから見えるということは、あちらからも見えるということだ。

 胸、首、顎……そして男のにやついた黄色い歯までが見たとき、はじめて由香里は発狂した。
 声にならない、叫び。

 男はそのまま、ストン、と尻餅をついた。純朴な子供のような顔の上に、吐き気のするような笑いを浮かべている。

 目の前で笑いを浮かべたこの男を、殺してやりたかった。
 煮えたぎって、全身を駆け巡る、遣りようのない怒り。
 裏切った。信じたのに。

 終わった。女の次は、男に穢されるんだ。

 全てがふわふわと儚げで、その形をゆがめているような気がした。地面すら溶けてしまいそうで、そのまま倒れこんでしまいそうになるのを、柱にしがみ付いくことでかろうじてこらえていた。

 自分が今、男に肌を見られていることを、考えないようにしようとすればするほど、何か異様なものが自分の体のあちこちを這っているような感覚は強まっていった。
 膝を閉じて、秘所だけはさらすまいと試みた。由香里の肢体を収めるには、円柱の頼りなさは明らかだったが。

「いい格好だね」

 と男は呟いた。
 この暗闇の中では、男の日焼けしない顔は緑味を増して、いっそう不気味に見えた。男の細い目は、暗闇の中で光を持っていなかったが、それでいながら不思議と存在感を持っていた。その目ははっきりと由香里の方を見ている。その目に男の卑しさと醜さが凝縮されているように思えた。

 こんな生き物を産んだ人が、自分の住む世界のどこかにいるなんて。
 その人は、自分と同じ女なのだ。
 俯きながらも、男の足元は視界からはずさない。男の動きを見逃さない為に。

「来ないで」
 ぴしゃりと跳ね除けたつもりだったが、震えて、衰弱した声に、説得力はなかった。

「触ったら、叫び声を上げるから」

 すると男はあっさりと、腰をおろした。

「そうかい。じゃあ見るだけにするよ」

 顔を俯けているから、男が自分の体のどこを見ているのか、由香里には分からない。却ってその事が、想像力を駆り立てた。床ばかり見ていると、感覚が麻痺してくる。
 柱にしがみ付き、胸を手で隠しているつもりでも、男はそんなものは透視して、由香里の体を愉しんでいるのではないかと、妄想が膨らんでいく。そんな嫌な想像が頭に浮かぶたびに、ぎゅっと自分を抱きしめるのだった。

「綺麗な体だね」

 と男が言った。引っかかりがなくて、思春期を迎えたばかりの少年のような声だ。
 顔を見ずに聞いていると、子供に話しかけられているように錯覚しそうだった。屈辱を与えたいのか、由香里の体の事細かをナレーションをし始めた。
 由香里が顔を俯けて唇をかみ締め、決して目を合わせようとしなかったのは、男を喜ばせまいという、わずかながらの抵抗だった。
 ナレーションに飽きたのか、今度は名前は何ていうの?と問いかけた。由香里は応えなかった。

 そうした抵抗が、嗜虐心を煽ってしまったのかもしれない。

 ずりずりと、体を引きずる音に、はっとした。見ると、男が尻餅をついたまま、由香里の方に近寄ってきている。由香里はその目に怪しげな光を見たような気がした。

「いや」

 情けないほど上ずっていた。

 それが火を着けた。
 男が歯ぐきまでむき出しにしたのを見た。歯の隙間から漏れた温かい吐息が、由香里の顔を伝って溶けていった。
 あっと言う間に、由香里のすぐ目の前に迫ってきて、柱を離し後ずさろうとした由香里の背中に、素早く手を回し、引き寄せた。
 由香里は柱で前頭部を打った。由香里の腕をつかむと、男は更に抱き寄せた。柱を隔てて、上半身が抱き込まれる。男の両腕がわきの下をくぐり、背中を手で押さえ込んだ。
 パニックの中で、必死に立ち上がろうとするも、男は今度は背中に回した手を尻肉に埋め込ませ――熱く湿った、硬く、しかし表面はぶよぶよとした男の手――。

 恥骨が柱をくわえ込む。絶叫の中、鰻のように身をくねらせ、上半身を細くして、秘所の薄い肉を吸盤のようにぴたりと這わせて、柱を駆け上る。しかし男の腕は豊満な肉の中の華奢な腰骨を探し出し、下半身を引き落としてしまう。

 柱から完全にはみ出した乳房。たわんで弾んでいるのを、男の胸が押さえ込んだ。
 由香里の顎は男の肩の上だ。
 反対に男の顔は、由香里の肩を乗り越え、背中を覗き見ていて、ときどき顎鬚の剃り跡がちくちくと背中を刺す。
 男の片方の手は尻の肉をわしづかみにして、髪の毛を撥ね退けては、露出した背中を撫で回す。
 太ももは男の硬い脛に乗り上げ、地面を失った両足は、男の体の脇で空を蹴っている。
 抗おうとする腰を男の靴が挟み込んで、固定していた。

 痙攣すらも、男は力づくで押さえ込んだ。
 丸裸で、柱一枚隔てて、男にハグされている。暖かい鼻息が、背中を伝っていった。

 由香里は男の肩の上で、憚らず泣いた。
 今や、誰も由香里の表情を見ているものはいない。
 男の頭の中にも、由香里のことなど消え去っているようだった。ただ目の前にある肉を、全身を持って味わっているのだ。

 いや、いや、いや……

 その声はまるで声になっておらず、ほとんど嗚咽のようだった。

 男に哀願しながらも、由香里はされるがままになっていた。背中を味わうだけで満足してくれれば……。
 そんな卑しい計算から、男の手が由香里の素肌を愉しんでいるのにも、身をよじらせるだけで、強く反抗はしなかった。

 痛みが走る。
 髪が引っ張られたのだ。
 男は背中に流れた由香里の髪の束を顔の前にやって、匂いを嗅いでいた。
 豚のように鼻を鳴らしている。

 髪に神経は伝っていない。
 しかし、自分の体の一部を男が堪能している様を、まざまざと客観的に見せ付けられる状況には、立ち眩みのするようなおぞましさを感じた。穢されている。なのに、叫ぶことすら叶わないのだ。

 豊かな髪に顔を埋めたまま、男は片手で由香里の腕をつかみ引き寄せた。由香里は反射的に、仰け反った。
 そのとき――。
 男はいきなり、柱を谷間にはさんだ由香里の乳房の片方を、鷲づかみにし、思い切り引っ張った。

 おもちゃのゴム人形のように、柱に乱暴に叩きつけられる。
 泣き叫ぶ暇もなかった。冷水を頭から浴びせられたようなショック。
 肉を千切り取られるのではないか、とすら思えた。
 もはや人形も同然だった。男が無我夢中で乳房を好きなように弄んでも、されるがままに、髪を振り乱しすだけだ。
 男から発せられる口臭と、熱気と、荒い鼻息の中で、由香里は何度嗚咽をもらしたか知れない。しかし、由香里に逃げ場はなかった。ひたすら声を噛み殺し、耐える他ないのだ。

 突然、由香里の腹部を、ぬるぬるとした、生暖かいものが伝った。

 舌だ。
 体の深奥で、男の団子鼻がひしゃげている。

 ああああああっ……!

 男の肩を、両の足で蹴る。
 男はかがんで、由香里の足を肩の上から後ろへ流すと、太ももに腕を巻きつけた。
そして、中腰になり、由香里を思い切り引き寄せた。

 恥丘が捲れ上げられるようにしてつぶれて、恥骨が、柱に押し付けられる。
 男は、ゆっくり、ゆっくりと、力を強める。由香里がくにゃりと力を弱めた途端、また愛撫に戻る。
 女からすらも軽んじられていそうに見えた、あの情けないオタク店員が、こういったコントロールの術を知っていることに、由香里は驚嘆していた。

――駄目だ。

 しゃぶり尽くされる。
 壊され、穢されてしまう――。

 男の舌は、由香里の臍を中心に、楕円を描くようにして腹を舐めていた。その円弧は徐々に広くなり、由香里の体の上部まで、じわじわと近づいていった。
 気を失いそうなほどの絶望。

 体は完全に自由を奪われた。されるがままだ。
 今の男は、正気を失った獣に見えた。由香里の体を玩具に、どんな遊びだってすることだろう。
 突如、男が由香里の臍の穴に、舌を「挿し込んだ」。
 そして、ドリルのように、臍の側壁をほじくった。

 由香里は、何か得体の知れない感情が、魔法にかけられたかのように、自分を支配しつつあることを意識していた。
 体をくすぐられたときの、あの肉体的なこそばゆい感覚とは違う、全く異質なものが、男の舌の素早い動きとは対称的にゆっくりと、しかし確実に、「高まって」いった。それは満ちたりひいたりしていたが、満ちる度に、少しずつ、その激しさを増している。由香里を、侵食しているのだ。

 その高ぶりは、性的快感のようにも思われた。

 ぞっとして、意識を逸らそうとすればするほど、その感情の高まりの波は、勢いを増しているように思えた。

 誰か……。

 由香里はただ、小さくむせび泣いた。
 何て私は、弱弱しいんだろう。丸裸で、地べたで丸まって、脚を開かれて、足の裏を天上に向けて、べそを掻いている。
 まるで、赤ん坊だ。

 男は顔を上げ、目が合った。細まった瞼や、薄い唇の奥の歪な黄色い歯。

「いや、いや……」

 その声が、微妙な声音を帯びていることに、由香里は驚いた。これが本当に、自分から発せられた声だろうか。

 男は由香里の腹の上にざらざらした顎を乗せて、上目遣いで由香里を睨んでいる。
 どうかこれで終わりにしてほしい、と由香里は願っていたが、男の目つきには、既に獣の光が宿りつつあるようにも思えた。
 これまで、誰からも無視され続け、時には虐げられてきたであろう男の、秘められた嗜虐心。
 それが目覚めつつあるのだ。

 男が由香里の上体に被さった。ふいに、男の服を通して、硬直したものが由香里の体に触れた。
 のげぞる暇もなく、男の顔が近づき……由香里の首筋を舐めた。

 声にならない叫びを上げる由香里に、男は容赦なく被さった。男の手が上体を這い、胸を鷲掴みにした。最初は感触を愉しむようにゆっくりと、次第に速く、揉みしだく。

 両腕で必死に跳ね除けようとする由香里の努力も、男の体重の前では無意味に等しかった。男は悠々と、由香里の体を陵辱し続けた。

 舌は首を伝って、顎を通り、由香里の下唇を舐め上げた。ナメクジのようなその舌は、由香里の鼻を掠めて、再び胸の谷間から舐め上げていく……。
 むんとした、湿気を帯びた吐息が、由香里の顔を湿らせた。
 男はルートを変えながら、何度も何度も、そのローテーションを続けた。
 必死に口内に巻き込んだ由香里の唇の上を、何度も何度も、男の舌が通っていった。そのたびに、男のねっとりした涎が、溝に溜まっていった。

 男の指が、由香里の乳輪をなぞるように滑る。スピードを上げるにつれ、官能の悦びが襲い掛かる。
 由香里は体をくねらせた。脚で反撃しようとするが、両脚は柱を通してあらぬ方向に投げ出されており、男にはとても届かない。
 一方舌は、限られた空間のなかを必死に逃げ惑う由香里の顔を追い掛け回し、瞼を捲り、鼻の穴に舌先を入れ、鼻梁を舐めた。

 由香里の無駄なあがきを、男は愉しそうに眺めながら、陵辱的な愛撫は一つのピークに向かって、少しずつ、確実にペースを速める。由香里が体をくねらせる様は、もはや抵抗しているというより、高まるものを鼓舞しているように見えた。男は、暗闇の中で由香里の白い肌が蠢く程に息遣いを荒くして、由香里も無意識のうちに、その息遣いに合わせるように、くねくねと、体を捩るのだった。
 嫌悪と、羞恥、そして怒りが、綯い交ぜになって、諦めのなかで希釈されて、由香里を酔わせていた。

 突如として、由香里の乳房は、ねっとりした、生暖かい唾液に包まれた。と思うと、男のざらざらした舌が、乳首を舐める。電撃が走り、由香里は跳ね上がった。
 暫く愉しむと、男はくわえ込んだ乳房を思い切り吸い込んだ。由香里の柔肌は男の口内に流れ込むように引っ張られて、唾液に湿った唇からぶちゅぶちゅと音を立てた。

 自分の眼球がゆっくりと外側に開いていくのを、由香里は感じた。
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