灰色の手帳 由香里 ―水底から― 第五話『愛撫 ――服を這いずる手』

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2011 / 06 / 07  Tue
由香里Ⅰ   
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 京子は再び後ろを向いて床に座るように言った。

秘密が見えてしまわぬよう、ジーンズを股間が苦しい程に上まで引っ張ってから、その場にしゃがみこむ。京子が、くすくす、と笑った。
 しゃがむことで、摺りガラスの仕切りから頭だけ突き出していたのが、周囲の客から完全に隠れた。みっともないところを、部分的にでも見せなくて済む分、少しは気が楽だ。より確実に死角に入るよう、壁に張り付く。

 京子は再びお尻をぽんぽんと叩き始めた。今度は、ハンカチで叩くようにして水分をふき取っているらしい。

 そのとき、由香里は思い知った。
 京子は、先輩達の側の人間だ。心理的な立場というだけでなく、今日の一連のいじめ行為において、京子は、先輩達と同じ立ち位置にいる。

 電車の中で遭遇したころから、挙動や胸の形などから、下着を着けていないことを見抜いたとは考えにくい。だが、もし予め由香里の格好を知っていたとしたらどうか。メールの送信先も、この推理に則れば想像が付く。楠田先輩だ。京子は、先輩達とグルだったに違いない……。

 だとすれば……。由香里は背筋がぞっとした。

 京子は、先輩達をここへ呼んだに違いない。

 ふいに、京子がTシャツを捲ったので、由香里は体を強張らせる。

「お尻浮かせて」

 耳元で京子が囁いた。

「あの……あ、後は、じ、自分でやるから……」

 まるで言葉になっていない。

 そのときだった。

 脇の下を通した京子の腕が、由香里を包み込んだ。その手のひらは、Tシャツ越しに由香里の片方の胸を鷲掴みにしていた。京子は後ろから抱きかかえるように、由香里を引き寄せる……。

「きょ、京子ちゃん、何を……」

 京子は無言で、顔の前に、余ったほうの手を持ってきて、人差し指を立てる。静かにしろ、と言っているのだ。

***

 京子があまりに強く引き寄せるので、由香里は床に尻餅をついた。何とか起き上がろうとするが、力点を上手く作れず、されるがままの状態になる。頭に、京子の胸の感触を感じた。京子もまた、由香里と同じくTシャツ姿をしていたが、その向こうには由香里と違ってブラの固い感触がある。

 京子の胸に頭をもたれかけながら、由香里は自分の胸に回された京子の腕のことを思った。今、京子には、Tシャツ越しに由香里の乳房の感触が生々しく伝わっているのだ。胸当てをしない分、力を与えれば何の抵抗も無く自由に形を変え、京子の指の隙間に食い込み、火照った体の熱を与えているのだ。恥ずかしさより先に、絶望感と無力感が全身を覆った。

仕切りがあるとは言え、公共の場でこのようなみっともない行為をしているなんて……。何と言っても、二人は女同士なのだ。いよいよ自分が救いようのない変態に思えて、泣きたくなる。声や息の音を立てぬよう、必死に堪えた。

 京子の手が、由香里の腿の付け根の隙間に差し込まれた。

「んんっ……!」

 由香里は驚愕のあまり、つい抗議の声を上げかけ、すぐに、その声を飲み込む。

「足、開いて」

 京子が耳元で囁いた。そんな要求など、混乱状態にある由香里には届かなかった。すると、もたもたするなとでも叱り付けるかのように、京子が指で由香里の肛門付近を押した。

 ――いやっ……!

 頭がおかしくなりそうな、快感とも痛みとも言えない感覚が頭になだれ込んだ。このままだと、声を立ててしまいかねない……。

 咄嗟に足を開くと、ようやく、京子も指で突くのをやめた。すると今度は、腕を伸ばして打って変わって由香里の尻の窄みを優しく撫で始めた。まるで、用を足した後に尻を拭くときのような手つきだ。

 体中の血が頭に流れ込むごとく、顔が一気に紅潮するのを、その熱で感じた。

 やめて、と言おうとするが、言葉にならない。羞恥と怒りがない交ぜになって全身を駆け巡り、頭をもうろうとさせていた。本能の叫びと、あえぎ声を出してしまいそうなのを何とか押しとどめようとする理性とがぶつかり合い、由香里は呼吸も禄にままならなかった。

***

 京子は依然、体を撫で、時に抓り、激しく擦るのをやめなかった。呼吸は激しいままだったが、もはや由香里は目を瞑り、すぼめた肩の間に顔をうずめて、恥ずかしさと無力感と敗北感が渦巻く灰色の世界に沈んでいった。

 京子の陵辱は、由香里が力を無くせば無くす程に、激しさを増していった。残酷な少女が笑いを漏らすのを、由香里は首筋にかかった息で感じた。

 由香里には、一体何が愉快なのか、どうしてそんな風に笑えるのか、まるで理解できない。決して、私は感じているわけじゃない。そんな言い訳をするかのように、時折京子の腕を力なく押し返すのみだった。

 京子は今や、ハンカチを捨て、素手で由香里の尻を揉んだり叩いたり、割れ目をなぞってみたりして、挑発した。

 あなた、履いて無いんでしょ。私知ってるんだから。変態、変態、変態……。

 そうやって、由香里の姿を無言のままからかっているのだ。京子はそれに飽き足らず、時折、拭く必要の無いはずの、臀部の窄みや秘所さえも、掌で摩ったり、指で押し広げようとしたりした。そして胸を、まるで男のように揉みしだいた。

 それは痛みを伴い、愛撫よりは暴力に近かった。
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